経済

第61回 矢野康治財務次官の国家財政破綻論は嘘!

本ブログは第57回ブログと重複する部分が多いことをお断りしておきます。

選挙妨害、国家公務員法違反の疑い

先日、文藝春秋に以下のタイトルで、現役の財務省事務次官である矢野康治氏が寄稿しました。

財務次官、モノ申す 「このままでは国家財政は破綻する」

実は、過去にも同じ事が言われております。

2003年、日本の財政赤字が対GDP比140%に達し、政府の経済政策に強い影響を与える経済学者たちが早急なる財政健全化の提言を行いました。このまま財政赤字が進み対GDP比200%を超えると日本が破綻するというのです。しかし、2021年現在、対GDP比、256%にあるにもかかわらず未だに破綻しておりません。

経済学者たちの提言から9年後の、2012年8月に当時東大教授であった伊藤元重氏は次のように述べております。

財政危機を警告する経済学者はオオカミ少年と呼ばれることがある。「オオカミが来る」と言っているが、来ないではないか、と。つまり、国債の価格は下がるどころかまだ上がり続けている。経済学者の警告は外れている-そうした批判だ。しかし、オオカミ少年の話では、最後にオオカミが来た。財政危機といいうオオカミの姿はすぐそこに見えている。

これに対し、評論家の中野剛志氏の著書、「目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室 基礎知識編」で次のように述べられております。

なぜ財政破綻にならなかったのか、なぜ自分たち(財政破綻論を唱える人たち)の予想が外れたかについて、何ら理論的に説明することなく、もちろん反省もせず、相変わらず財政破綻は必ず来ると言い張っています。しかも、呆れたことに、財政破綻が来る根拠が何かと言えば、イソップ物語では、オオカミは最後にきたのだ、というもの。もしかして、これは悪い冗談なのでしょうか。先生、しっかりしてください!と

矢野康治氏の寄稿が衆議院の解散直前に出されたのは、与野党問わず、各党が今回の選挙でコロナの感染拡大で傷ついた日本国民を救済し日本経済を立て直すために積極財政路線に舵を切ったことに対する牽制の意味があるのでしょう。

そもそも、日本国憲法83条では、「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない」とあり、矢野氏が自らを一介の役人に過ぎないと言いながら、一方で、財政をあずかり、国庫を任された立場であり、「心あるモノ言う犬」として、バラマキ政策に物申すとは、たとえ財務省の役人であっても財政政策に口を挟むことは厳に慎むべきだと思います。また、積極財政を掲げて戦おうとしている各政党に対する選挙妨害でもあります。国家公務員法102条が禁ずる、国家公務員が、政治的目的を有する意見を述べたり、政治的目的を有する文書の発行、指示、配布を行ったとすれば(文藝春秋への寄稿)3年以下の懲役または100万円以下の罰金の対象になります。

寄稿に対する反論

では、矢野氏の寄稿の要旨を紹介し、反論していきましょう。

1.国の債務残高は国と地方を合わせ1166兆円に上り、いつ破綻するかわからない。まるでタイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものだ。従って、衆院選で各党が掲げるバラマキ合戦は財政を預かり国庫の管理を任されている自分が是非とも阻止しなければならない。

2.公務員は国家国民のため、社会正義のためにどうすべきか、政治家が最善の判断を下せるよう、自らの意見を述べてサポートしなければならない。国家公務員は「心あるモノ言う犬」であらねばならない。

3.国民はバラマキを求めていない。国の将来を心配している国民の期待に応えるために、事実を正直に知らせ、率直な意見を述べ、注意喚起したい。

4.日本では歳入と歳出の推移を示した二つの折線グラフのいわゆるワニのくちの「開いた口が塞がらない」状態が延々と続いている。バブル崩壊後は経済優先で財政再建をおざなりにしてきた。日本の財政は(景気が良くても赤字のまま)「構造赤字」であり、バブル期でも黒字になることはなかった。安倍政権下での完全雇用状態でも黒字にはならなかった。経済成長だけで財政健全化はできない。欧米諸国ではコロナ禍での財政支出を取り戻すべく、法人税率の引き上げや富裕層への課税強化が提案されたり、長期の償還計画が立てられたりしている。バラマキ合戦が展開されているのは日本だけだ。

5.家計も企業も金あまり状態だ。10万円の定額給付は死蔵されるだけで、経済対策になっていない。過剰な給付金や補助金は企業の競争力を削ぎ、日本の国際競争力は低下する。昨年度の予算の繰越も、4月時点で30兆円あり、まだ多く残っている。巨額の経済対策が必要で有効なのかをよく吟味する必要がある。財政出動しても国債残高/GDPは改善されない。赤字財政を放置すると国債の格付けが下がることになり、日本経済に影響が出る。

6.消費税は社会保障制度を持続させていくための切り札であり下げられない。英国やドイツでは付加価値税は一時的に下げられたが、価格転嫁の義務がないので弊害が多い。日本で消費減税を行う場合、その実行まで半年はかかる。その間、買い控えが起これば経済対策にはならない。

日本の財政破綻はありえない

まず、大前提として、矢野氏が言う財政破綻とは何なのでしょうか?全く説明がありません。

矢野氏は、国と地方の債務を合わせると1166兆円になり、対GDP比2.2倍で、先進国の中でもずば抜けて多くの借金を抱えていることを根拠とし、今の日本をタイタニック号に例え、巨大債務という氷山にぶつかって、いつ沈むかわからないと言うのです。

財務省は2002年5月、ムーデイーズなどの民間会社が日本の国債の格付けを下げると激怒したのか、反対意見書を送っております。そこには、日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルト(債務不履行、財政破綻と同義)は考えられないと書かれております(財務省のホームページに載っております)。日本の国債の大部分は自国通貨の円で支えられており、かつ、変動相場制で、当時の財務省の主張の通り、債務残高が積み重なっても財政破綻は100%ありえません。

すなわち、通貨を供給している政府が、日本であれば円ですが、円で借金したところで、円が返せないことはないということです。

政府は通貨の供給者であり、個人や企業はその使用者であるところに大きな違いがあります。

従来の財務省の主張と現財務事務次官である矢野氏の主張は明らかに真逆であり整合性がありません。

京都大学の青木泰樹先生によれば、国家の信認が亡くなることをデフォルトと言うそうです。国家の信認とは国家の信用+通貨への信頼とのことです。

国家の信用は長期金利に反映されます。信用のある国の国債の長期金利は当然低くなります。以下をご覧になってお分かりの通り日本政府の債務残高は増加しておりますが国債の長期金利はどんどん下がっており、金利は0%です。

通貨への信頼はどうでしょう。通貨への信頼はインフレ率に反映されます。すなわち、通貨の信頼が亡くなると貨幣価値は下落することになります。インフレになり日本円は紙切れ同然になるということです。日本は長期デフレであり、円/ドル為替レートも1ドル110円程度で推移しております。信頼されなくなれば1ドル当たりの交換レートが何十万、何百万あるいはそれ以上になるはずです。

従って、日本政府の債務残高が対GDP比、256%(2021年の時点)になろうが300%になろうがデフレ下ではもちろん、適度なインフレ下では全く問題ないのです。

ちなみに、ギリシャがデフォルトしたのは、ギリシャはEU加盟国で、通貨発行権は欧州中央銀行にあり、自国通貨建て国債ではなかったということです。また、自国通貨と交換レートが固定された外貨債務でもデフォルトは起きます。2000年代のアルゼンチン、1980年代のメキシコ、1990年代のタイがそうです。

また、ハイパーインフレになった事例を挙げると、第一次世界大戦後のドイツや太平洋戦争後の日本のように、戦争によって供給が破壊されたり、内戦で混乱して必要なものが作れなくなり需給ギャップが著しく拡大した場合です。

戦後の日本のように健全な民主主義を歩んできた国家でハイパーインフレになった事例はありません。

国債は借金ではない

収入に対し支出が上回ることを赤字と言います。個人にとっても企業にとっても赤字はあまり良い事でないように捉えられます。しかし、時には銀行などからお金を借り、何かを買ったり、投資をしたりしますが、銀行は借手の与信を行い返済能力があると認めればお金を貸します。

ここで、銀行からお金を借りるということはどういうことなのかを考えてみましょう。

私が、仮に車を買いたくて、H銀行に申し込みに行ったとします。

車を買いたいので200万の融資を申し込みます。

銀行員は私を与信にかけ提示した条件で返済できそうであれば融資を認めます。その後、銀行員はどうすると思いますか?

銀行員は私の持っているH銀行の通帳に2000000と記帳します。ただそれだけです。

銀行の融資の場合、極端な言い方をすれば、銀行の手元にお金がなくても通帳に記帳するだけでお金を貸し出すことができます。すなわち、元手になるお金を個人や企業からあらかじめ集めておく必要はないのです。これを信用創造と言います。信じられないかもしれませんが、これが真実です。

借りたいという需要があって初めて預金が生まれるということです。その預金は返済によってなくなります。

17世紀に、この銀行制度ができたことが産業革命の原動力になったと言われております。

これと同じことを実は日本政府もやっております。以下の図をみてください。

日本政府が仮にデフレ対策として公共事業をやることにします。

政府と銀行は日本銀行に当座預金を持っており、銀行の当座預金は日銀が提供することが前提になります。

政府が公共事業をやるために国債を発行します。

銀行が国債を買い入れると銀行保有の日銀当座預金は、政府の日銀当座預金に振り返られます。

政府は公共事業の発注にあたり、企業に政府小切手で支払います。

企業は取引銀行に小切手を持ち込み、代金の取り立てを依頼します。

銀行は小切手相当額を企業の口座に記帳します。この時預金が創造されます。すなわち、民間にお金が渡るということです(あるいは民間の貯蓄が増えるということです)。同時に、日銀に代金の取り立てを依頼します。

政府保有の日銀当座預金が銀行の日銀当座預金勘定に振り返られます。

このサイクルを繰り返しても銀行の当座預金残高は変わらず、金利は変動しません。
何よりも注目していただきたいのは、政府の赤字国債の発行で、同額の民間所得が増えるのであり、今まで財務省が流布してきた国債発行により民間貯蓄が減るという話は全く嘘だとわかります。政府が国債を発行し公共事業のためのお金を生み出すのは、先に説明した銀行による信用創造によるものです。

従って、財やサービスを購入するために、政府が赤字国債を発行すると民間所得が増えるわけですから、国債の発行は貨幣量を増やすことと同義になります。

政府が信用創造できる理由

では、なぜ政府は信用創造ができるのでしょうか?

繰り返しになりますが、日本やアメリカ、イギリスなど自国通貨建の国債で財政を賄っている国は、決して破綻しません。

すなわち、通貨を供給している政府が、日本であれば円ですが、円で借金したところで、円が返せないことはないということです。

政府は貨幣の供給者であり、個人や企業はその使用者であるところに大きな違いがあります。

国債には確かに償還期限はありますが、償還期限が来れば新な国債に借り換えれば良いのであり、国家が続く限りこれを繰り返せば良いのです。日銀は政府の国債を引き受けなければならないことが財政法第5条(日銀乗り換え)に書かれており、この借換えの際の国債を政府による無利子永久国債に変えれば金利の心配は無くなります。

今は日銀の金融緩和により国債の50%ほどを日銀が買い入れています。

日銀が買い入れることで金利が下がるという面もあります(仮に政府の国債発行が増えて金利が上がっても、日銀が買い入れると金利が下がる)。

日本政府と日銀は親会社、子会社の関係(実際、日銀はJASDAQに上場しており、その55%の株を政府が保有)にあり、統合すると政府の負債たる国債は日銀の国債保有分消滅します。この統合政府の資産は国有資産と徴税権になり、負債は現金と機関投資家や個人が持つ国債ということになります。

結局、統合政府の負うべき負債は機関投資家や個人が持つ国債だけということになります(日銀の保有する現金は負債ということになりますが実際は負債ではない)が、日銀が新規国債発行額以上の国債を買い続ければそれが減少してゆく事になります。

国債の償還期限が来れば金利が発生しますがこのデフレ下の超低金利を見れば政府負担は問題になりません。日銀が得た国債金利は諸経費を引いた後、税収外収入として親会社の政府に戻ります。

債務残高は政府が今までに国民に渡した貨幣の履歴に過ぎない

財やサービスを購入するために、政府が赤字国債を発行すると民間所得が増えるわけですから、累積された国債残高は、政府が今までに国民に渡したお金の履歴に過ぎないということになります。赤字国債の「赤字」との表現は、個人の家計と企業の収支レベルで捉えるとネガテイブなイメージですが、貨幣の流れがわかると不適切なことがわかります。政府は国民のために社会資本を整備したり、今回のコロナ対策として給付金を配るために国債を発行しお金を生み出すことができるのです。

2015年の時点で、債務残高は名目金額で明治初期(1872年)の3740万倍になり、実質でも546倍になりました。

また、1970年から2020年までに債務残高は名目金額で166倍になっており、対GDP比240%になりましたが、国債金利は0%と低いままであることは、先に述べた通りです。

いったい、矢野氏は債務残高が何倍になったら破綻すると言うのでしょうか?むしろ債務残高が何倍になっても破綻しないと考えるのが妥当だと思います。

バブルが崩壊し、1997年以降、日本はデフレに突入しましたが、政府の2018年までの財政支出が不充分とは言え、この間、国民の所得は208兆円増えております。すなわち、政府の支出が国民に所得をもたらしたということです。

実は、日本政府は国債を発行しなくても、財務省証券を発行することで支出することができます(Overt Monetary Finacing)。先の図6で政府の発行した財務省証券を日銀が受け入れ、政府の日銀当座預金に同額の金額を記帳する信用創造を行うのです。以下は同じプロセスを踏みます。

毎年の確定申告は予算執行の翌年の2月に行われます。ということは、政府の支出が先にあり(First Spending)徴税が後ということになります。この政府の支出を財務省証券を使って行うのです。

国債を発行しなくても政府支出ができるのであれば、なぜ国債を発行するのでしょう。それは、銀行の当座預金残高を銀行と日銀間の国債の売買によって調整し、ひいては、金利を調整するためにあるのです。

また、政府は財やサービスを買うために自ら貨幣をつくり支出できるのですから、税収は財政のためにあるのではないことがわかります。

従って、矢野氏が言う、消費税は社会保障制度を持続させていくための切り札であり下げられないという主張は間違いです。消費税がなくても、財政支出の中に社会保障費を当てれば良いだけなのです。

また、寄稿の中で、矢野氏は公務員の給料は税で賄われていると述べられておりますがこれも間違いです。公務員は国民の税金で食っているわけではありません。

租税の意義については後ほど取り挙げます。

PBの黒字化は必要か

矢野氏をはじめとした緊縮財政派はPB(プライマリーバランス)の黒字化を声高に叫びます。そうしないと日本は破綻すると。

政府が赤字であることが、さも不健全なことだと。

でも、考えてみてください。政府が先に支出し、国民に税を課します。しかし、国民には預貯金などの資産が残ります。

ということは、政府と国民の間の貸借バランスは、必ず政府が赤字でなければ成り立ちません。政府と国民の収支を足すと必ず0になるからです(話を簡略化するため海外収支部門は考えず)。

PB(プライマリーバランス)の黒字化ということは、政府が国民から資産を奪い取ることになるのです。

デフレ下の日本で消費税を2回も上げ、緊縮財政を行ってきた安倍政権は国民から多くの資産を吸い上げたことになります。

1975年以降、1回だけPB(プライマリーバランス)の黒字化を達成したことがありました(1975年までの高度成長期は企業の投資意欲が旺盛で、民間収支の赤字により政府の収支は黒字でした)。

以下の図を見てください。

80年代の後半に、日本の赤字は減少し、90年には黒字に転じました。同じ時期、民間部門の収支は政府部門とは対照的に、90年に赤字に転じています。この時期はバブル景気で民間部門に債務が積み上がったことを示しています。すなわち、政府部門の黒字は民間部門の債務の増加の裏返しだったということです。(矢野氏は日本の財政は構造赤字であり、バブル期にも黒字にならなかったと述べていますが)

PB(プライマリーバランス)の黒字化までとはいきませんが、2000年台前半に、政府部門の収支のバランスが改善しています。当時、アメリカが住宅バブルによる好景気で需要が拡大し、日本の輸出が増大したことによるアメリカの貿易収支の赤字によるものです。すなわち、政府部門の収支のバランスが改善したのは、海外の国が、この場合はアメリカですが、そのアメリカの貿易収支が悪化したことによってなされました。

国内民間部門の収支+国内政府部門の収支+海外部門の収支=0という恒等式が成り立つわけですから、政府の収支部門が黒字化するということは、民間部門の収支の赤字あるいは/かつ海外部門の収支の赤字を意味します。海外部門の収支の赤字は自国の利益を優先し、他国の市場と雇用を奪うことになり恨みを買うことになります。

租税は財源ではない

多くの国民が誤解しているのは、租税が財源だと思っていることです。

確かに家計の場合、収入に基づいて支出を考えます。しかし、国家の場合、政府支出が先に来て、その後に国民は税を払います。

では、税は何のためにあるのでしょうか?

一つは景気の調整に使います。景気が加熱すれば増税、悪くなれが減税といった具合です。累進性のある所得税は貧富間の格差を縮小させ、低所得層の購買欲を高め、デフレ対策になります。

二つ目は政策的な目的で税を課します。例えば、二酸化炭素を減らすための炭素税などです。

ということは、消費税の増税は消費を落とすために行ったものと思われます。見事に、予想以上に消費を落とすことに成功しました。

東日本大震災の時に、民主党政権は復興税を国民に課しましたが、震災によるデフレ基調をさらに強めることになりました。その前のリーマンショクでもデフレ基調は強まりましたが、実は2度の消費増税の方がデフレへのインパクトが強く回復まで多くの時間を要しました。

コロナ禍では国民は政府の財政支援が必要

コロナ感染症の蔓延はまさに有事であり、国民自らが自力で立ち迎えない有事だからこそ、政府の財政支援が必要なのです。

コロナの蔓延によって痛手を一番被ったのは言うまでもなく、飲食業、宿泊業、娯楽業、生活関連サービス業の方々です。これらの外出4業種では非正規雇用の女性が多く、不況の時の安全弁として容易に解雇され、昨年秋頃から経済的な理由で自殺された方が急増しました。

コロナの感染で亡くなる方が報じられますが、その一方で経済的な理由で亡くなる方がいることを忘れてはなりません。

日本国民の窮状を救うべく各党の政策を、矢野氏はバラマキと表現しましたが、一日本国民としてたいへん違和感を感じます。

恐らく矢野氏は官僚のトップとして君臨し、私たちの世界から遠く離れたコロナ感染症とは全く無縁な世界におられるのでのでしょう。

デフレでは貯蓄や内部留保が増える

日本は20年以上もデフレ状態であり、デフレでは物よりもおかねの価値が高まり、個人も企業もおかねを貯め込もうとします。それは貯蓄であり内部留保です。個人にすれば給料が上がらず、むしろ下がる傾向があれば将来のために消費を控え、企業にすれば需要がないこの状況であえて設備投資をして生産性を上げることはしないでしょう。物を生産しても売れないのですから。こんな状況でいくら銀行がおかねを貸すといっても借りる人はいません。

矢野氏は、家計も企業も金あまり状態だ。10万円の定額給付は死蔵されるだけで、経済対策になっていないと主張しますが、給付の後、家庭用耐久消費財の需要は確実に伸び消費は増えました。

また、コロナの収束が見通せなく、政府がどんな政策を打ってくれるかわからず、将来に不安を感じて給付を貯蓄に回すことに何の問題があるのでしょうか?

矢野氏は、過剰な給付金や補助金は企業の競争力を削ぎ、日本の国際競争力を低下させると述べられておりますが、全く理解できません。むしろ、逆で、2020年以降のコロナ禍において、日本ではマスクや消毒液、医療用ガウン、人工呼吸器、半導体などが不足し、サプライチェーンの脆弱性があからさまになりました。経済安全保障の観点から、しっかりと国内でサプライチェーンを構築し、それに関わる企業には、融資、融資補償、直接購入、購入約束などのためにしっかり予算をつけるべきです。また、電磁波や核融合炉、AI、量子工学分野における研究開発投資を政府はしっかりやるべきでしょう。

最近、半導体のサプライチェーンの強化に向け、建設費用の半分を日本政府が支出することにより、台湾の半導体大手のTSMCの熊本県への誘致が成功したことは大変喜ばしいことだと思います。

緊縮財政では経済成長できない

矢野氏は財政出動しても国債残高/GDPは改善されないと述べております。

しかし、前出の京都大学の青木泰樹先生によれば、経済成長と財政の関係を示す税制弾性値は、税収増加率(%)÷名目GDP成長率の関係にあり、最近15年間の平均値は「4」とのことで、特に、デフレ期、デフレ脱却期の数字としては妥当性が高く、まさに、日本はデフレ期です。仮に、名目GDPが2%成長したら税収増加率は8%になります。財政出動とは政府の支出になりますから、その分GDPは増えます。すなわち、GDP成長率が増えれば税収増加率はその4倍増えるのであり、国債残高/GDPは改善されます。ところが、なぜか、財務省試算では、補正係数が入ることにより、この税制弾性値が「1.1」になるというのです。

おそらく、成長による財政再建は不可能だ。だから、増税、歳出削減が必要だともっていきたいのでしょう。

矢野氏は、「公務員は国家国民のため、社会正義のためにどうすべきか、政治家が最善の判断を下せるよう、自らの意見を述べてサポートしなければならない。国家公務員は「心あるモノ言う犬」であらねばならない。」と言いますが、正しい判断を下すための意見が間違っていたらどうなるのでしょうか?

結果は以下の通りです。

すなわち、財務省の主導した緊縮財政により、日本は、OECD33カ国の中で唯一経済成長しない国になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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