「財政悪化なくして、財政再建なし!」
平成30年3月7日、「日本の未来を考える勉強会」の講師として、評論家の中野剛志先生が、「貨幣と経済成長」という演題で、主に国会議員の方々を相手に講演をされております。
この講演は、youtubeの「超人大陸」に収録されておりますので興味のある方はご覧になってください。
先生のこの演題の結論は、「財政悪化なくして、財政再建なし!」です。
どういうことか。
例の、矢野次官の「財政破綻論」を検証しながら、明らかにしていきたいと思います。
本ブログは、中野先生の11月4日のDiamond on Lineへの投稿文、「日本の「財政再建」を妨げているのは、矢野財務次官である」から大部分を引用させていただいております。
矢野次官「論文」は完全に時代遅れ
中野先生の投稿によれば、矢野次官「論文」は完全に時代遅れだというのです。
矢野康治・財務事務次官の『文藝春秋』(11月号)への寄稿は、大規模な経済対策、財政収支黒字化の凍結、消費税率の引き下げといった与野党の政策論を「バラマキ合戦」と強く批判し、新聞各紙(日経新聞、朝日新聞「論座」)や財界人、経済学者(浜矩子・同志社大学大学院ビジネス研究科教授、土居丈朗・慶應義塾大学教授)の多くが、これに同調している。
こうした論調は、まるで政治家たちが、有権者の票を目当てに財政出動を約束し、国家財政を危うくしているかのような印象を与えている。
ところが、米国の有力な経済学者たちの政策論は、実は、矢野次官が「バラマキ合戦」と嘆いた政治家たちの政策論の方にむしろ近いのである。
従来の主流派経済学は、財政健全化を重視し、財政政策は効果に乏しいとしておりましたが、2008年の世界金融危機以降、先進国経済は、低成長、低インフレ、低金利の状態が続きました。
日本では、橋本政権による消費税増税(3%→5%)、緊縮財政、構造改革を契機として25年近く、世界に先駆けて、長期停滞に陥っております。
この長期停滞が、米国の主流派経済学における政策論に大きな変化をもたらしました。
主流派経済学の重鎮ローレンス・サマーズ氏は、長期停滞下の日本が選んだ金融緩和と構造改革に否定的でした。
低金利下では、金融緩和は効果に乏しいし(流動性の罠-かつての日銀の白川方明総裁も同じことを述べられておりました)、構造改革に至っては、逆効果だ。なぜなら、長期停滞の原因は需要不足にあるが、構造改革は需要ではなく供給を増やす政策だからだと。
サマーズ氏が推奨したのは、日本が忌避してきた政策、すなわち積極財政、とりわけ公共投資によるインフラ整備でした。
かつてのFRB(連邦準備制度理事会)議長のジャネット・イエレン氏も、2016年に、積極的な財政金融政策は、短期の景気刺激だけでなく、長期の成長にも有効だと強調しました。
同じ年、米大統領経済諮問委員会委員長ジェイソン・ファーマン氏も、財政政策に関して、肯定的な見解を述べておられます。
要するに、米国の主要な主流派経済学者たちの「新しい見解」からすれば、「バラマキ合戦」と称された政治家たちの政策論は、実は、正しいのである。
それを批判する矢野次官、そして彼に賛同する経済学者やマスコミの方が、時代の変化に乗り遅れているのだ。
日本の消費増税に反対
日本は長期停滞であるにもかかわらず、消費税率を引き上げましたが、実は、サマーズ氏やノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ氏やポール・クルーグマン氏らはそれに懸念を表明しておりました。
元・米経済学会会長のオリヴィエ・ブランシャール氏に至っては、日本経済には、基礎的財政収支の赤字が長期にわたって必要だと主張しました。
積極財政が「政府債務/GDP」を縮小
財政健全化の指標は、「政府債務/GDP」とするのが国際標準であるようですが、ファーマン氏とサマーズ氏は、ゼロ金利で不況下における財政拡張が、「政府債務/GDP」を縮小させると論じ、ブランシャール氏もまた、日本は低金利であるため、国債を増加させても、「政府債務/GDP」は緩やかに低下すると指摘しております。
バイデン政権下で財務長官となったイエレン氏もまた、「金利が低い時には、大統領が国民に与えようとしている援助や経済に対する支援のような行動は、短期的には大きな赤字でファイナンスされようとも、経済に占める債務の比率を下げることにつながるのです。」と述べております。
最近では、G7の有識者パネルが、大規模な公共投資の必要性を訴え、「短期的視野に基づく赤字の削減は、それが教育のような人的資本への投資の削減になる場合には、対GDP比の債務を増加させる」と警鐘を鳴らしております。
ユーロ危機の際、財政危機に陥ったユーロ加盟諸国は、徹底した緊縮財政により財政健全化を目指しましたが、逆に深刻な不況に陥り、「政府債務/GDP」はかえって悪化しました。
それと同じ過ちを、日本は四半世紀も続けてきた。今になって、やっと政治がこの過ちを改めようとしているのに、矢野次官が立ちはだかったのだ。
低金利・低インフレ・低成長という長期停滞の下では、積極財政が最も有効で、大規模な財政出動により、「政府債務/GDP」は下がり、財政はより健全化するというのが、主流派経済学のコンセンサスなのです。
すなわち、中野剛志先生の結論「財政悪化なくして、財政再建なし!」ということです。
矢野次官の“論理”が、日本の「財政健全化」を妨げている
矢野氏は財政出動による経済成長が、『国債残高/GDP』の縮小には至らないと述べております。
「財政出動によって、『国債残高/GDP』の分母であるGDPが一定程度は膨らむにしても、分子の国債残高も金利分だけでなく、単年度収支の赤字分も膨張してしまう点が無視されているのです。
小理屈めいた話はうさん臭い。ホントかな、などとお感じになるかもしれません。しかし、これはケインズ学派かマネタリストかとか、あるいは近代経済学かマルクス経済学かとか、そういった経済理論の立ち位置や考え方の違いによって評価が変わるものではなく、いわば算術計算(加減乗除)の結果が一つでしかないのと同じで、答えは一つであり異論の余地はありません。」
これに対し、中野先生は、以下のように反論されております。
「答えは一つであり異論の余地はありません」などと自信たっぷりに断定しているが、何を言っているのか意味不明である。
それこそ「算術計算(加減乗除)」で考えてみよう。
1以上の分数は、分子と分母が同じ額だけ増えると、小さくなる。
日本の「国債残高/GDP」は1を大幅に上回る。したがって、仮に分子の「国債残高」と分母の「GDP」とが同じ額だけ増えたとしたら、「国債残高/GDP」は縮小することになる。
さて、例えば、現状におおむね即して、日本のGDPが500兆円で、日本政府は1000兆円の国債残高を抱えているとしよう。そして、金利も含む単年度の財政赤字が50兆円あるとする。この場合、年度末の国債残高/GDPは210%(=(1000+50)/500)である。
ここで、日本政府が20兆円の国債を発行して、20兆円の追加財政支出(非移転支出)を行ったら、どうなるか。
すると、確かに、分子の国債残高は、1070兆円(=1000+50+20)に増加する。金利については、現在、ほぼゼロであり、しかも中央銀行の操作によって抑制できるため、新たに発行する20兆円の国債にかかる金利は無視しよう。
だが、同時に、分母のGDPもまた、少なくとも20兆円は増えるのである。「GDP=消費+投資+政府支出+純輸出」なのだから、当然であろう。
その結果、「国債残高/GDP」は、210%から206%(=1070/(500+20))へと低下する。財政出動が民間の投資や消費を増やす効果を無視したとしても、低下するのだ。
しかも、この数字は、財政出動額を増やすほど低下することが、簡単に確認できるだろう。
つまり、よほどの高金利になるか、あるいは政府支出の増加によって投資や純輸出などが減少するようなことでもない限り、財政出動によって日本の「国債残高/GDP」は縮小し、財政はより健全化するのである。
もちろん、財政出動が「国債残高/GDP」を縮小させるという主流派経済学の議論は、これほど単純な算術計算ではなく、もっと厳密なモデルに基づいている(IMF、OECD、CBPP)。
ここで言いたいのは、それを「とんでもない間違い」と一蹴する矢野次官の算術計算の方が、「とんでもない間違い」だということだ(https://president.jp/articles/-/51325?page=2)。
日本の財政健全化を妨げているのは、「バラマキ合戦」の政治家たちではなく、積極財政に反対する矢野次官の方なのである。
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