文藝春秋22年1月号に、MMTに基づいて「積極財政」を主張する中野剛志氏と財政再建、いわゆるプリマリーバランスを主張する「緊縮財政」派の小林慶一郎氏の対談が載っております。小林氏は、コロナ禍での政府の経済対策のブレインです。
テーマは文藝春秋21年11月号に載った、例の財務次官、モノ申す 「このままでは国家財政は破綻する」についてです。
国債とは
小林氏は、「財政破綻」とは、国の借金が膨らみ続けることで、日本国債の格付けが下がり、金利が暴騰してハイパーインフレを招くことであり、矢野論文で、正統派の財務省の言い分がそのまま書かれていると評価しております。
確かに、財政破綻の定義は、「日本国債の格付けが下がり、金利が暴騰してハイパーインフレを招く」ことではありますが、それを起こすのは、国の借金、つまり国債発行が増えることだと、小林氏は言います。
では、国債とは何でしょう?借金なのでしょうか?
そして、対談のテーマは、国債の発行をこのまま続けると日本は「財政破綻」するのかということです。
通貨発行権のある政府は、誰から借金をすることもなく、国債を銀行に引き受けさせ、通貨を発行できます。
あるいは、短期証券を発行して日銀に引き受けさせ、通貨を発行することもできます。
この通貨は、政府が国民に財やサービスを提供するために使われるもので(平たく言えば道路や橋の修復といった公共事業、あるいは、国民に一律に配った定額給付金の10万円など)、発行した分は国民の所得になります。
つまり、国債発行はその分、貨幣を国民に供給したことになります。
国債による通貨の発行は、政府の銀行に対する負債、つまり銀行の政府に対する信用創造によって行われます。従って、国民の貯蓄によって国債が賄われているわけではありませんので、国債金利は上がりません。
国債を買い入れるのは、日銀にある銀行の当座預金によって行われますが、その当座預金は政府(日銀)によって供給されます。
以上のことは、先に紹介した、ランダル・レイ氏の著書「現代貨幣理論入門」に書かれております。
5.政府は支出するために、自らの通貨を「借りる」必要がない。そもそも、まだ支出していない通貨を借りることなどできはしない。このため、政府による国債の売却は借入れとはまったく異なるものである。
6.政府が国債を売却する際、民間銀行は中央銀行に保有する準備預金を使って国債を購入する。中央銀行は、国債を購入する銀行の準備預金から代金を引き落とし、銀行に国債を振り替える。これは、国庫(政府)による借入れと理解するよりも、あなたがより多くの利息を得るために、自分の預金を当座預金口座から貯蓄預金口座に移すのに似ている。国債とは実は、準備預金よりも多くの利息を支払ってくれる、中央銀行による貯蓄預金口座にほかならない。
9.政府は、銀行、企業、家計、外国人が利息を得るための手段として、利息の付く国債を提供している。これは政策上の選択肢であって、必要不可欠なものではない。政府は支出をする前に国債を売却する必要はない。それどころか、銀行が国債を購入するのに必要な現金通貨や準備預金をまず政府が供給していなければ、国債を売却することもできない。政府は、支出すること(財政政策)もしくは貸すこと(金融政策)のいずれかによって、現金通貨と準備預金を供給しているのである。だから。租税と支出の関係-徴税は支出の後に生じる-とまったく同じように、国債の売却は、政府が現金通貨や準備預金を支出し、または貸し出した後に生じるものだと考えるべきである。
中野氏は、矢野論文について、財務省が財政再建にこだわる理由がいかに間違っているかを示したという意味で歴史的な文献として価値が高いと酷評しております。
そして、この論文の大きな問題点を3つ挙げています。
矢野論文の3つの問題
1.日本財政の破綻を懸念する論文自体が、日本財政の信任を毀損している点です。日本の財政が悪化するというメッセージを世界に対して送ると、日本国債の格付けが下がり、長期金利の高騰を招いて、日本経済全体に悪影響を及ぼすと言いながら、そのメッセージを送っているのは、ほかならぬ矢野次官自身だということです。
本来、「財政をあずかり国庫の管理を任された立場」の者は、金融市場への影響、さらには日本経済全体への影響を十分に考慮し、その発言には慎重でなければなりません。
ところが、矢野次官は、あろうことか、異例の強さで「このままでは、日本の財政は破綻する」というメッセージを発してしまいました。
2.矢野次官の論文にもかかわらず、金融市場は反応せず、長期金利は高騰しませんでした。このことは、矢野次官の「財政破綻論」の間違いを自らが証明したことになります。
これに対し、小林氏は、今の日本はデフレで、コロナの影響もあり、日銀が国債を買い支える状況が続いている限りは、長期金利は上昇しない。
この状況では、マーケットが反応しないのがわかっているので、矢野論文が出されたと言います。
しかし、このままだと、いずれ日銀が買い支えられなくなるので、今警鐘を鳴らすのだと。
小林氏は、債務残高/GDP比がすでに220%になり、このまま債務残高が増えれば破綻すると言う矢野論文の「財政破綻論」を支持しております。しかしながら、一方で、今の日本はデフレであり、さらに日銀の金融政策で、国債を買い支えているから金利は上昇しないとも言っております。
財政支出により、デフレからインフレになり、金利が上がることは、むしろ好ましいことです。適度なインフレ状態であることが、健全な経済状態であることは言うまでもありません。仮に、金利上昇が行き過ぎた場合、日銀が国債を買い入れれば、金利が下がることは、小林氏も認めています。
あるいは、小林氏は、日銀の国債買い入れにより金利が下がることを認めつつも、デフレにより低金利である方が望ましいと考えているのでしょうか。
小林氏は、このまま財政支出が進めば、日銀が将来、国債を買い支えられなくなる場合があると言います。具体的にどういう場合なのでしょうか。
インフレがどんどん進んで、インフレ率が二桁台を超えても、日本政府はそれに何も対処せず、更なる財政支出を続けるとでも思っているのでしょうか。
また、財政民主主義が機能せず、国会もこの状態を放置し続けるとでもいうのでしょうか。
デフレであるにもかかわらず、2回も消費増税をしたこの日本において!
小林氏は、国債は将来世代からの前借りで、国債は将来の増税で償還しなければならないと思っているようですが、日本も、他の先進国も行っているように、国債の償還期限がきたら、新規の国債で、同額の償還を行う「借り換え」を続ければよいだけです。
先に述べた通り、国債による通貨の発行は、政府の銀行に対する負債、つまり銀行の政府に対する信用創造によって行われます。従って、国民の貯蓄によって国債が賄われているわけではありませんので、国債金利は上昇しません。小林氏は、池上彰氏のように、国債は民間貯蓄でファイナンスされていると思っているのでしょうか。
小林氏は、国債の「借り換え」ができるのであれば、税は必要ないとも言っております。
小林氏は、税は財源だと思っているようで、更には、税(徴税権)という国家権力によって単なる紙切れが貨幣としての価値を持つ、本来の税の意味もわかっていないようです。
3.矢野論文では、インフレについて、全く触れていないことです。積極財政派の主張は、①日本政府は自国通貨を発行し、国債は自国通貨建てなので、財政破綻しようがない。②財政赤字の拡大は、金利の高騰を招くことがない。③財政赤字が、制御不能なインフレを起こす可能性は低い、です。これらについて、矢野論文は反論どころか、言及さえしていない。それで、政治家をバラマキ呼ばわりですから、これは相当レベルの低い議論です。
小林氏は、①には同意。②については、現状では、名目金利は、日銀が長期金利も含めてコントロールできるようになっているので概ね正しいと。しかし、想定外の材料にマーケットが急に反応し、日銀のオペレーションが追いつかなくなる可能性は0ではない。③については、変動相場制で自国通貨建ての債務で、ハイパーインフレになった例はあまりない。
中野氏は、③について「あまりない」のではなく「ない」とキッパリ断言しております。
小林氏は、第一次世界大戦後のドイツのハイパーインフレは通貨の信認が失われたので起きたと主張しますが、中野氏は、財政出動のしすぎではなく、戦争で供給網が破壊された供給不足によるものだと主張します。
小林氏が言うように、戦費を賄うために国債を増発して、通貨の信認が失われた可能性も多少あるかもしれませんが、平時である日本が、そして、財政民主主義である日本が、財政支出により極度なインフレを引き起こし、通貨の信認が失われることは、中野氏の言うように「ない」と思います。
財政の限界
小林氏は、対GTP比債務残高が大きくなると、通貨の信認喪失が起こると主張しますが、その一方で、日本の対GTP比債務残高が何%になると、国家が破綻するのかわからないと言います。
小林氏と同じように「財政破綻論」を唱える土居丈朗氏も、財政破綻はトラヒゲ危機一髪のゲームのように(海賊が頭だけを出している樽に対して短剣を刺し、樽から飛び出す海賊の反応を楽しむゲーム)、いつ起こるかわからない(いつ飛び出すかわからない)と言います。
結局、「財政破綻論」を唱える財務省や経済学者、マスコミなどは、その根拠を示すことができないというわけです。
全く、無責任な話です。
一方、中野氏は、そんな限界はない。通貨を発行する政府は、債務不履行にはならないのだからと。でも、財政赤字はインフレを招くおそれがある。
ということは、財政の限界は、対GTP比債務残高ではなく、インフレ率で判断すべきと主張します。
財政出動でデフレ脱却
小林氏は、財政出動は、需要の一時的な穴埋めに過ぎないし、90年代の日本の財政出動も効果がなかったと主張しますが、中野氏は、財政出動で、需要が供給を上回れば、企業は需要の獲得を目指して設備投資を行うし人も雇う。それで賃金が上がるから消費も増える。こうして民間の投資や消費が増え続ける軌道にのったら、その段階で財政支出の拡大は不要になりますと。要するに、財政出動は、デフレという異常事態を脱却して正常化するという事だと主張します。また、90年代の日本の財政出動は効果がなかったのではなく、足りなかったのだと主張します(中野氏の主張の通り2014年にIMFが検証し、公共投資は効果はあったが、不十分な規模だったと結論づけております)。
財政出動で成長する
小林氏は、財政出動によって税収は増えない、増える理論的な根拠は見当たらないと主張しますが、中野氏は、小林氏が知らないだけで、ポストケインズ派の成長理論もあるし、MMTを支持しない主流派の大物経済学者であるサマーズ、クルーグマン、ファーマン、イエレン、ステイグリッツ、ブランシャールなども財政出動による経済成長を主張していると。
アメリカは財政拡大路線
従来のアメリカの主流派経済学は、財政健全化を重視し、財政政策は効果に乏しいとしておりましたが、2008年の世界金融危機以降、先進国経済は、低成長、低インフレ、低金利の状態が続きました。
日本では、橋本政権による消費税増税(3%→5%)、緊縮財政、構造改革を契機として25年近く、世界に先駆けて、長期停滞に陥っております。
この長期停滞が、米国の主流派経済学における政策論に大きな変化をもたらしました。
主流派経済学の重鎮ローレンス・サマーズ氏は、長期停滞下の日本が選んだ金融緩和と構造改革に否定的でした。
低金利下では、金融緩和は効果に乏しいし(流動性の罠-かつての日銀の白川方明総裁も同じことを述べられておりました)、構造改革に至っては、逆効果だ。なぜなら、長期停滞の原因は需要不足にあるが、構造改革は需要ではなく供給を増やす政策だからだと。
サマーズ氏が推奨したのは、日本が忌避してきた政策、すなわち積極財政、とりわけ公共投資によるインフラ整備でした。
かつてのFRB(連邦準備制度理事会)議長のジャネット・イエレン氏も、2016年に、積極的な財政金融政策は、短期の景気刺激だけでなく、長期の成長にも有効だと強調しました。
同じ年、米大統領経済諮問委員会委員長ジェイソン・ファーマン氏も、財政政策に関して、肯定的な見解を述べておられます。
バイデン政権は、成立直後から、画期的な経済政策を打ち出し、その第一弾となったのは、「米国救済計画」と称する1.9兆ドル(約200兆円)もの大型追加経済対策でした。
新型コロナウイルス対策の医療対策に加えて、現金給付や失業給付の特例加算、そして地方政府支援などで構成されておりました。
この「米国救済計画」の1.9兆ドルに、トランプ政権下の20年3〜12月において発動された経済対策を合わせると、なんと5.8兆ドル(名目GDP比28%)にもなります。
リーマン・ショック時の経済対策が1.5兆ドルでしたから、いかに大きな財政出動であったかがわかります。
さらに、バイデン政権は「米国雇用計画」として、8年間で2兆ドルを投じる計画を発表しました。そして、7600億ドルの「米国家族計画」と続きます。
リーマンショック後の長期停滞の原因を、不充分な財政政策にあると判断したアメリカ政府は、積極財政に大転換したということです。
政府が自国通貨建て国債を発行して財政支出を行うとは
小林氏は、国民が政府に国債というかたちでお金を貸していると認識しています。MMTが明かした「政府が自国通貨建て国債を発行して財政支出を行う」とは、単に政府が通貨を創造して供給しているだけで、国民が政府にお金を貸しているわけではありません。お金を発行できる政府が、お金を国民から借りる必要はないのです。
プライマリーバランスの黒字化とは
プライマリバランスの黒字化がいかに愚策であるかを、ランダル・レイ氏の著書「現代貨幣理論入門」で示します。
14.我々が今直面する金融と経済の苦難に対する解決策は、主権通貨の発行者の手を根拠のない赤字や債務の上限で縛ることではない。
均衡予算が意味するのは、政府の支出によって供給された政府の通貨がすべて納税により「返却されて」しまい、その結果非政府部門には何も残らない-「雨の日」のために取っておく余裕資金がない-ことである。
政府の債務(現金通貨、準備預金、国債を含む)は非政府部門の金融資産である。政府の赤字は非政府部門の黒字に等しく、その結果所得が生まれて貯蓄になる。貯蓄とは政府に対する債権であり、最も安全な資産である。
主権を有する政府が自らの通貨で支払い不能になり、期日における支払いが意図せず滞ることなどあり得ないからだ。
緊縮財政派は以下を理解すべきである
1.主権を有する政府が、自らの通貨について支払い不能になることはあり得ない。一般歳出から、税を引いたものが国債であるならば、国債残高は、今までに政府が国民に渡した通貨の総額である。
2.通貨を発行する政府は、債務不履行にはならないが、財政赤字はインフレを招くおそれがある。従って、財政の限界は、対GTP比債務残高ではなく、インフレ率で判断すべきである。
3.貨幣は負債と信用で生み出されるものであり、銀行は、負債を負う政府や個人に対し、信用創造を行い、貨幣を創造する。国債発行による政府に対する銀行の信用創造は、日銀の当座預金で行われ、民間貯蓄には全く影響を与えない。
4.政府支出が先でないと、国民はそれを使って税を払えない。税は、財政を賄うものではない。
5.プライマリーバランスの黒字化とは、経済主体を政府と民間で考えた時、民間の金融所得を赤字化することである。
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